【小説】風葬の都に咲く花 第4章

小説

第4章 骨の波、花の結び

骨の波の頂で、“親”が二本の針を交差させた。
針先から黒い糸が空に走り、天井の骨飾りを次々と“縫い落とす”。
骨が雨のように降り、床を白く叩いた。

「ユイ、後ろの子を守って!」
ナギは前へ出て、手をひらく。指先から蔓が伸び、青い花が連なって光の帯を作る。
「“花の護り、編み目(あみめ)三重”!」

花の帯は三つの円になって重なり、骨の雨を柔らかく受け止めた。
砕けた肋骨は砂になって消え、頭蓋骨は眠るように静かに転がる。

“親”の声は乾いていた。
「やさしい術だ。やさしさは、裂け目になる」

二本の針が床に突き刺さる。
瞬間、ナギの影と床が縫われ、足が重くなる。
反射的に片膝をついたところに、横から白い光が走った。

「“影映し(かげうつし)”」
ユイの鏡がきらりと光る。
鏡に写ったナギの影が、床から“はがれて”鏡面へ吸い込まれ、縫い目がほどけた。

「助かった」ナギが笑う。「今度は僕」

蔓が地面を走り、“親”の足元で結び目を作る。
ナギは息を吹きかけた。
「“眠りの結び、二度(ふたた)び”」

結び目は青く光り、骨の波の一部がふっと力を失って崩れる。
だが“親”は針をひねり、崩れた骨を糸でつないで別の波へ組み替えた。
波の背が高くなり、牙のような肋骨が二人へ迫る。

「強引だね。骨に痛みが残るよ」ナギが歯を食いしばる。

「痛みは、目覚ましさ」“親”は冷たく言った。
「この都の下で、王が息をする。目覚めれば、やさしさは流される」

ユイは鏡を胸に押し当て、短く祈る。
「最後の景色を……あなたの、少しだけ」

鏡面に灰色の部屋が映る。
机、秤、壁に吊るされた二本の針。
椅子に座る少年――頬に縫い痕。向かいに立つのは、黒布の“親”。
少年が震える声で言う。「眠らせて。痛いの、終わりにして」
“親”は首を振る。「眠ると、罪が軽くなる。軽くなれば、私が消える」

ユイは鏡を下ろし、まっすぐに“親”を見る。
「あなたは、消えるのが怖いんだね」

“親”の針先がわずかに揺れた。
その刹那を、ナギは逃さない。
蔓を束ね、手首に結ぶ。
「“花縄(はななわ)・連結(れんけつ)”!」

青い花が鎖のように連なり、骨の波の“関節”を次々と縫い止める。
波の動きが鈍り、牙が砕けた。
“親”は後ろへ飛び退き、天井へ針を投げる。
糸が吊り骨を引きはがし、巨大な骨の梁(はり)が落ちる――。

ユイが前へ出た。
「“夢路の橋(はし)”!」

鏡から白い帯が走り、落ちてくる梁の影に橋をかける。
影は実物の重さを一瞬だけ引き受け、梁は横へ滑って逸れた。
轟音。粉じん。風が巻く。

「子を渡して!」ユイが叫ぶ。
「この子は、眠りたいと願ってる!」

“親”は沈黙した。黒布の奥で目だけが細く光る。
「願いは軽い。王の息の前では」

「なら、重さを分け合えばいい」ナギが一歩踏み込む。
足元の花がぱっと開き、青い光が彼の肩と背に集まる。
「“分有(ぶんゆう)の花束(はなたば)”――痛みをひとりで持たない術だ」

花束の光が、子と“親”の間に漂う黒糸に触れる。
糸は抵抗し、軋み、少しずつ薄くなる。
“親”の肩がわずかに沈む。二本の針の角度が甘くなった。

ユイは静かに言った。
「あなたの“最後の景色”は、まだ続く。
窓の外で灯りを振った人が、部屋へ入ってきた。
『消えないよ。重さは、私も持つ』――あなたは、その言葉を聞かなかった」

鏡が淡く光り、聞き取りにくい女の声が地下室に重なる。
“親”の指が震える。
骨の波が一瞬だけ呼吸を忘れ、ぐらりと沈んだ。

「今!」
ナギは蔓を走らせ、針の根元を花でやさしく縛る。
「“ほどけの結び・返し”!」

針が手から抜ける。
同時に、ユイが鏡を“親”の胸元へ向けた。
「“夢路の口(くち)を開ける”」

鏡に黒布が映り、映った布だけがするりと解けた。
“親”の口元が露わになる。そこには古い縫い痕。
吐息がこぼれた。かすれた声で、初めて言葉らしい言葉を吐く。

「……眠りたい」

ナギはうなずく。
「眠ろう。重さは、僕らも持つ。子どもにも、持たせない」

ナギは花束を三つに分け、一つを“親”に、一つを子に、残りを自分に抱えた。
ユイは鏡を伏せ、祈りを結ぶ。
青い光が薄く広がり、骨の波が砂へ戻っていく。
地下室に、静かな風が通った。

“親”は針なしの手で子の頭を、ぎこちなく撫でた。
「王が……息をする。北の回廊の底。風の井戸に、空(から)の王冠」

ユイが目を上げる。
「“空(から)の王”……空虚王?」

ナギは頷いた。
「向かわないと。上の都まで届く前に」

“親”はうなずく代わりに、背を壁へ預け、目を閉じた。
その顔は奇妙に若く、ただ疲れていた。
子はユイの袖をつまみ、か細く言う。
「連れてって。あの部屋には、もう帰りたくない」

「もちろん」ユイはやさしく手を握る。

三人と一人分の重さを、青い花がそっと分け持った。
遠く、北側の回廊から、冷たい風が吹く。
その風は、まるで大きな胸の“吸う息”みたいに、地の底を満たしていた。

――つづく。

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