【小説】風葬の都に咲く花 第6章

小説

第6章 空席に咲く庭

井戸の底から黒い光が噴き上がり、王冠が目のように光った。
ナギは両足で“花の杭”を踏みしめ、ユイとリノ、そして書記の影と視線を合わせる。
四つの青い線が胸から伸び、互いをつないでいた。

「もう少しだけ、持って」ナギが言う。
ユイは鏡をかざし、強くうなずく。「いける。あなたの息、私が見てる」

黒い光が渦を作り、王冠の縁から“手”がもう一度伸びる。
空席そのものが掴もうとしてくる。
ユイは鏡先をきゅっと絞り、澄んだ声で唱えた。

「“待つ時間(とき)を眠らせる”――今を、守る」

鏡から白い帯が走り、手の影の“指と指の間”に眠りを結ぶ。
影の手は一瞬止まる。しかしすぐに別の手が増え、帯を引き裂こうとする。

「数で来るなら、数で返す」
ナギは掌を開き、胸から抜いた最後の白青の花へ、そっと息を吹きかけた。
「“花園(はなぞの)”」

一輪が百になり、百が千になった。
青い小花が渦に散り、王冠の空洞に吸い込まれて、内側から根を張る。
花は“座る人のいない席”を土に変え、風の穴をやわらかく埋めていく。

――だれが、私の空を汚す。
――王は空虚。空虚であれ。

声が怒り、渦が逆巻く。
花は抜かれ、ちぎれ、光が細くなる。
そのとき、リノが一歩前に出た。小さな手には、もう使わないはずの針。

「縫わない。――結ぶだけ」
リノは震える指で、青い花の茎と茎を“蝶結び”にした。
結び目はほどけず、やさしく揺れた。

書記の影も膝をつく。
「私も。書くかわりに、結ぶ」
影は見えない糸をひいて、欠けた眠りの隙間を一つひとつ塞ぐ。

ナギは息を吐く。胸が焼けるほど痛い。
それでも笑って言った。
「うまいよ、リノ。――ユイ!」

「受け取った!」
ユイは鏡を裏返し、鏡背の睡蓮の紋を王冠へ向ける。
「“返照(へんしょう)”――空っぽは、空っぽ自身を映せない」

鏡の背から静かな光が広がり、王冠は自分の“空虚”だけを見せられる。
手の影は掴む対象を見失い、形を保てずに崩れた。
その隙に、ナギの花園が一気に根を伸ばす。

青い根が王冠の内側を走り、四方へ広がる。
根は“空席”の縁をやさしく縫い、座るための硬さを“眠るための柔らかさ”に変えた。
渦の音が低くなり、風の吸い込みが弱まる。

――まだ、王は……。
声は遠のき、やがて、ため息になった。
王冠は重さを見つけた器のように、ゆっくり沈む。
底へではない。“花の土”へ。

ナギの足ががくりと揺れ、青い線が薄くなる。
ユイがすばやく肩を支え、額を合わせた。
「分けよう。半分――ううん、三分の一に」

「だめ、君まで倒れる」
「倒れないよ。だって、あなたの息、きれいだもん」

ユイの言葉は冗談みたいで、でも本気だった。
その声を合図に、書記の影も重さを肩へ移す。リノも少し背伸びをして手を伸ばす。
四人の呼吸が揃い、青い線がもう一度、明るくなる。

最後の脈動が沈み、王冠は花に包まれて静止した。
井戸を満たしていた黒い風は薄れ、代わりに土の匂いと、遠い潮騒のような眠りの音が満ちた。

しばらく、誰も話さなかった。
ユイが小さく笑う。「終わった、のかな」

ナギはうなずき、花の杭をほどく。
足もとには、花の根が作ったほそい小道が残っていた。
「終わった。――でも、見張りは続けよう。次の“空っぽ”が生まれないように」

書記の影は王冠を一瞥し、ナギに向かって深く頭を下げた。
「私の罪は、もう誰にも縫わせない。……ありがとう」

リノは針をそっと鏡の袋にしまい、ユイへ差し出した。
「これ、渡す。もう、いらないから」

「じゃあ、別の道具にしよう」ユイは微笑む。
「糸を結んで、願い袋を縫う針。眠りたい夜に、そっと枕元へ置くの」

地上へ戻ると、朝の風がやさしかった。
骨の風見はゆっくり回り、町の屋根の骨は白く光る。
鐘楼は黙ったままだが、沈黙は不吉ではなかった。
眠りが、深く、静かに戻ってきたのだ。

広場の片隅で、ナギは膝をついて土に触れた。
指先から小さな花が三輪、芽を出す。
ひとつはユイへ、ひとつはリノへ、もうひとつは、眠りについた“親”と、地下に残した古い痛みへ。

ユイが尋ねる。「ナギ、これからどうする?」

「歩くよ」ナギは空を見上げた。
「眠りをほどき、結び直す。……よかったら、いっしょに」

ユイはうなずき、手を差し出す。
リノもその手に自分の手を重ねた。
三つの影が朝の石畳に並び、ひとつの長い影になった。

風が骨の間を抜け、やわらかく鳴る。
音は歌のようで、少しだけ、泣き声にも似ていた。
アウステラはそのまま息をつき、今日のはじまりを迎えた。

――おわり。

人物

  • ナギ(優しい屍術師)
    眠る骨に花を咲かせて弔う少年。黒い法衣に野の花の刺繍。青い“花の光”で糸や蔓を作り、痛みや重さを「分け合う」術が得意。口調は穏やかでまっすぐ。ユイと強く信頼し合う。

  • ユイ(白庭の巫女)
    白衣に睡蓮の刺繍。長い銀髪、琥珀色の瞳。手鏡で「最後に見た景色(夢路)」を読み取り、影に橋をかけたり、時間の“待ち”を眠らせる祈りを使う。良心的だが自分を削る決断も辞さない。

  • リノ(元・縫い子)
    小柄な黒髪の子ども。口元を縫われた過去があるが、勇気を取り戻し「縫う」のではなく「結ぶ」力を選ぶ。蝶結びで眠りの継ぎ目を優しく留める。

  • 影の書記
    かつて処刑所で罪の“重さ”を記し続けた大人。口を布で覆っていたが、ナギたちに出会い針を捨てる。今は重さを“共に持つ”側に立ち、静かな贖いを歩む。

  • “親”(針の使い手の長)
    黒い外套に二本の長針。骨を波に縫い上げるほど強いが、内心は「自分が消える恐れ」を抱えていた。最後は眠りを受け入れ、子どもを縛る連鎖を手放す。

  • 橋守ベンヌ
    物語の冒頭で見送られた老人。町の人々に慕われた。彼の死をきっかけに“黒い針”の異変が露わになる。

存在・舞台

  • 空虚王(くうきょおう)/空(から)の王冠
    「不在そのもの」を王とした古い呪い。誰も座らない玉座=空席が、やがて“待つ時間”を食べ始める。王冠は空洞を求める器だが、ナギの「花園」とユイの「返照」により、空席は“眠る庭”へと変わった。

  • 風葬の都アウステラ
    屋根に骨の風見が並ぶ高台の街。地下には風を封じる納骨回廊と巨大な“風の井戸”が広がる。風は祈りであり、記憶を運ぶ。

  • 骨の海/骨の鳥
    回廊の奥でざわめく骨の集合。未練や痛みが波や鳥の形で現れる。正しく弔えば砂に還り、静かな眠りに戻る。

用語集

人・立場

  • ナギ:骨に花を咲かせて弔う屍術師。痛みや“重さ”を「分け合う」術が核。

  • ユイ:白庭の巫女。手鏡で「最後に見た景色(夢路)」を読み、影や時間に橋をかける。

  • リノ:口を縫われていた元・縫い子。「縫う」から「結ぶ」へ転じ、蝶結びで眠りを整える。

  • 影の書記:かつて罪の重さを記した大人。針を捨て、重さを“共に持つ”側へ。

  • “親”:針の使い手の長。強力だが「消えること」への恐れを抱えていた。最後は眠りを受け入れる。

  • ベンヌ:橋守の老人。物語の発端となる見送り。

場所

  • アウステラ(風葬の都):屋根に骨の風見が並ぶ高台の街。風は祈り。

  • 納骨回廊:地下に続く骨の廊下。風を封じ、静かに眠らせる。

  • 風の井戸:地下の巨大な空洞。風と“眠り”が吸い込まれる。

  • 骨の海:回廊のさらに奥でざわめく骨の集合。未練の波や骨の鳥が生まれる。

物・概念

  • 空虚王/空(から)の王冠:誰も座らない玉座=“空席”を王とした古い呪い。
    空席は「待つ時間」を食べ、眠りを吸い上げる。

  • 黒い針・黒糸:風や影、眠りを“縫い止める”道具。使い手の恐れに反応して強まる。

  • 花の術(ナギ)

    • 眠りの結び:痛みをほどき、静かに眠らせる。

    • 分有の花束:重さ(罪悪感・悲しみ)を複数人で分け合う。

    • 花縄/花園:骨や空洞の関節を優しく縫い、空席を“土”に変える。

    • 花の杭:見えない足場を作って踏みとどまる。

  • 鏡の術(ユイ)

    • 夢路の閲覧:亡くなる直前の景色を“安全な範囲で”共有。

    • 影映し:縫われた影を鏡へ移して解放。

    • 夢路の橋/標:影や時間の“間”に橋や道しるべを作る。

    • 返照:対象に“自分自身”を映して、過剰な力を萎ませる。

  • 蝶結び(リノ):ほどけにくく、でも優しい結び。眠りの継ぎ目を痛めず留める。

テーマ(読み取りやすい要点)

  • 「重さは分け合える」:罪悪感や痛みをひとりで持たず、輪で支える。

  • 「縫うから結ぶへ」:強制的に留める“縫い”ではなく、相手を尊重する“結び”。

  • 「空席の扱い」:欠けを力で塞がず、“眠る庭”に変えて共存する。

物語の流れ(超ざっくり)

  1. 風葬の儀で“黒い縫い目”の異変を発見。

  2. 鐘楼で針の使い手と遭遇、地下の骨の海の動きを知る。

  3. 回廊でリノと“親”の連鎖に直面。

  4. 協力して骨の波を鎮め、“重さを分ける”輪が生まれる。

  5. 風の井戸で空虚王(空席)の吸引と対峙。

  6. 花園と返照、蝶結びで“空席”を眠る庭へ――都に静かな朝が戻る。

あらすじ(中学生向け)

風葬の都アウステラで、屍術師の少年ナギは、巫女ユイとともに橋守の葬りを行う最中、“風を縫う”黒い針の跡を見つける。死者の道がねじ曲がり、骨が勝手に動き出していた。二人は鐘楼で針の使い手と対峙し、地下の納骨回廊へ向かう。そこでは骨の波が起き、口を縫われた子ども・リノが、見えない主(“親”)に命じられて風と眠りを縫い止めていた。

ナギとユイはリノを守りながら、“親”ともぶつかる。戦いの中で、ユイは相手の「消えることへの恐れ」を見抜き、ナギは痛みと罪悪感の“重さ”を花の術で分け合う輪に変える。“親”は眠りを受け入れ、リノは「縫う」代わりに「結ぶ」力を選ぶ。

しかし異変の根はさらに深い。北の回廊の“風の井戸”では、空(から)の王冠――「不在そのもの」を王とした古い呪い――が眠りを吸い上げていた。王冠は誰かを“空席”にしようと手を伸ばす。ナギ、ユイ、リノ、そして針を捨てた影の書記は、重さを四人で分かち合い、ユイの鏡で空虚を“自分自身に返し”、ナギの花で空席の内側を「眠る庭」へと変える。王冠の吸い込みは収まり、都に静かな朝が戻る。

物語は、重さは一人で背負わずに「分け合える」こと、強制して“縫う”より、相手を尊重して“結ぶ”方が世界をやさしく直すことを伝えて終わる。

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