【小説】風葬の都に咲く花 第1章

小説

第1章 風葬の都に咲く花

風葬の都アウステラは、いつも風が鳴っている。
屋根の上には、白い骨で作った風見がずらりと並び、くるくると回っていた。骨は死者のしるしであり、町を見守る目でもある。

ナギは、黒い法衣のすそを手で押さえながら急な屋根を登った。
法衣には野の花の刺繍が散っている。春の色なのに、黒地に落ち着いて見える。髪はやわらかな黒で、額に少しだけかかっている。目はまっすぐで、でも優しさがにじんでいた。

屋根の端で、白庭の巫女ユイが待っていた。
ユイは白い衣をまとい、裾には睡蓮の刺繍。長い髪を後ろで束ね、額には細い銀の飾り。琥珀色の瞳が風を測るように細められる。

「遅かったね、ナギ。鐘楼の影が濃い。悪い知らせだよ」

ナギは軽くうなずいた。
「……今日は、誰を見送るの?」

「橋守の老人、ベンヌ。優しい人だった。最後に見た景色は――風の止んだ空」

ユイの声は静かだった。その言葉に、ナギは眉をひそめる。
アウステラで“風が止む”ことは、不吉の印だ。

二人は屋根の中央に置かれた白い骨の棺へ進む。
ナギは膝をつき、骨にそっと触れた。指先から、薄い光がゆらめく。
「眠りの花を咲かせるよ。痛みは、置いていこう」

骨の隙間から、淡い青の小花が一輪、そして二輪と顔を出した。
花は香りをひそやかに放ち、風に乗って町へ溶けていく。

その時だった。
ギィ……と、誰も回していないはずの天秤の音がした。
鐘楼の影が棺の上を横切り、花の色が一瞬、灰にくすむ。

ユイの瞳がかすかに揺れた。
「……誰かが、夢路を曇らせている。死者の道に、黒い帯がかかってる」

「帯?」
ナギが顔を上げると、空を走る風の筋の中に、一本だけ不自然な影が見えた。
雲でも煙でもない。風そのものに縫い付けられたような、黒いリボン。

屋根の向こうで、骨の風見がひとつ、ミシリときしんだ。
そして、骨片がぱらぱらと落ち、寄り合う。
ありえない。風葬の骨は眠るためのものだ。勝手に動くはずがない。

「下がって、ユイ」

ナギは法衣の袖口から糸のように細い蔓を引き出した。
それは花の根であり、祈りの線でもある。
蔓が骨片に触れると、白い指に小さな花が灯り、骨は静かに身を横たえた――はずだった。

カチリ。
骨は蔓をなぞり、逆に腕の形を作ってナギの手首を掴んだ。

「……誰だ。あなたを起こしたのは」

ナギの声は低く、しかし怒りではなく哀れみが混じっている。
骨の中から風が冷たく鳴り、黒いリボンの切れ端がふっと現れて消えた。

「ナギ、待って」ユイが一歩踏み出す。「私が見る。最後の景色の“続き”を」

ユイは骨の手に触れた。
その瞬間、彼女の瞳に淡い光が宿る。
「……鐘楼の上。誰かが、風を縫ってる。黒い針で。顔は見えない。仮面――いえ、布で口を覆ってる。合図は……三つ、短い鐘」

カン、カン、カン――
遠くで、実際に鐘が三度鳴った。風の流れが逆立つ。

骨の腕がナギの手をさらに強く掴む。
ナギは息を整え、蔓を手首に巻き直す。
「ごめんね。眠る時間だ。花は、あなたを傷つけない」

彼は掌を開いた。
花弁が舞い上がり、骨の隙間に入り込む。
青い光が柔らかく広がり、骨の握力がほどける。
黒いリボンの痕だけが、薄く残った。

ユイは肩で息をした。
「“黒い針”がいる。風を縫って、死者の道をねじ曲げる者。アウステラでは禁忌だよ」

ナギはリボンの痕を布に包み、胸元の袋にしまう。
「見つけよう。放っておけば、眠りが壊れる。……鐘楼へ行こう」

風は、骨の風見を一斉に鳴らした。
町じゅうが、不安をかすかに囁いているようだった。

――その夜、鐘楼の足元で見張る二人の前に、黒い影がふと立った。
影は風の中に針目を残し、低くささやいた。

「花を咲かせる子。夢を見る娘。次は、あなたたちの番だ」

ナギは一歩、前へ。ユイは一歩、横へ。
二人の立ち位置は、風を切る刃と盾のようにかみ合った。

「ここは眠りの都だ」ナギの声は静かだ。「荒らすなら、花が守る」

影は笑ったのか、ひゅう、と風が歪む音だけがした。
そして、鐘がひとつ、低く鳴り、夜がさらに深くなった。

――つづく。

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