【小説】風葬の都に咲く花 第3章

小説

第3章 納骨回廊のさざめき

朝になる前、二人は地下へ降りた。
アウステラの家々の下は、細い廊下が何本も走り、白い骨で壁ができている。
ここは“納骨回廊”。風を封じて、静かに眠らせる場所だ。

ナギは小さな灯りを手にした。灯りは火ではなく、青い花の光。
ユイは鏡のような円いお守りを持っている。夢路を見るとき、彼女はこれを使う。

「骨の海って、ここにつながってるのかな」ユイが声をひそめた。
「底の方で、波が動いてる気がする」

「確かめよう。怖かったら、すぐ戻る」ナギは前を歩く。

曲がり角を三つ過ぎたとき、風の流れが止まった。
ぴたり、と音が消える。
次の瞬間、床の骨がかすかに震え、遠くから“さらさら”という砂の音が近づいてきた。

「来る」
ユイの瞳が細くなる。

廊下の向こうで、骨が寄せ集まり、白い波になった。
波は笑っているみたいに、空のない地下で口を開く。
頭蓋骨が打ち寄せ、腕や肋骨が擦れ合って、骨の嵐が生まれた。

「眠って」ナギは左手を上げ、蔓を走らせる。
青い花が次々と咲き、骨の隙間に入っていく。
だが、波は花を押しつぶし、さらに高くなる。

「強すぎる。誰かが起こしてる」
ユイは鏡を胸に当て、短く祈った。
「“最後の景色”を、ほんの少しだけ見せて――危なくないところまで」

鏡面に薄い霧が走る。
ユイの表情が曇る。
「……黒い糸が底に通ってる。糸の先に、人がいる。子ども? 黒い布で口を覆ってる」

「針の仲間か」ナギは歯を食いしばる。
骨の波が二人を呑みこもうと迫る。

「ユイ、右の壁。空気が動いた。抜け道だ」
ナギは掌で壁をたたき、骨の隙間を探る。
小さな花が骨の間を走り、古い通風孔を見つける。

二人は身を細くして滑り込み、低い横穴を進んだ。
背中を骨がこすり、こつこつと音が鳴る。
後ろでは、骨の波が通路へ突っ込んでくる。

「ここで止める」
ナギは通風孔の口に蔓を張り、結び目を二重に作った。
「“眠りの結界、花の織り目”」

青い花が網のように広がる。
波がぶつかると、骨はゆっくりと力を失い、砂のように崩れた。
ただ、完全には止まらない。黒い糸が網目をすり抜けて、じりじりと進む。

ユイが鏡を掲げる。
「糸の先、見えた。――そこ!」

二人が抜けた先は、小さな地下室だった。
中央に、古い風の箱――風を封じる石の器――があり、ふたは半分開いている。
箱の口から、黒い針糸がのび、部屋の隅にひざを抱えた影へとつながっていた。

影は小さかった。十歳くらいの子。
目だけが大きく、顔の下半分は布。
手には細い針。針穴には、人の髪のように細い黒糸。

「近寄らないで」
子どもの声はかすれ、でも震えていた。
「眠らないで、って頼まれたの。骨が静かだと、あの人は怒るから」

「“あの人”って誰?」ユイがしゃがみ、目線を合わせる。
「私はユイ。こっちはナギ。怖くしないよ。話を聞かせて」

子は首を振る。
「言ったら、口を縫われる。――もう、何度も縫われたから」

ナギは胸が痛んだ。
「痛いのは、終わらせよう」
彼は手を開き、花を一輪だけ咲かせる。
「この花は、痛みを少しだけ忘れさせる。眠らせない。ただ、泣かないで済むくらい」

子はためらい、そっと花に指を伸ばした。
指先が触れた瞬間、黒い糸がびくりと跳ねる。
糸は石の箱の口へ潜り込み、底から低い唸りが返ってきた。

ユイが顔を上げる。
「箱の中に、風じゃない“声”が囚われてる。――誰かの呼吸だ」

「解放する」
ナギは箱に蔓をかけ、結び目を作る。
「“封じの返し、花の鍵”」

ふたが静かに開いた。
中から、しぼんだ風といっしょに、かすかな吐息が溢れる。
黒い糸は力を失い、子の針から離れた。

その瞬間、地下室の天井が震えた。
離れた回廊で、何か大きなものが動く音。
“波音”がはっきりと近づいてくる。

子は怯えた目で二人を見る。
「来る……“縫い手の親(おや)”が来る。わたし、怒られる」

ユイは迷わず子の手を取った。
「大丈夫。怒らせていい。私たちが守る」

ナギは立ち上がり、通路の入口を見た。
骨の波が再び盛り上がり、その頂に、背の高い影が立つ。
黒い布で口を覆い、両手に二本の長い針。
鐘楼で会った影よりも、静かで冷たい気配――“親”だ。

「花の子、夢の娘」影が低く言う。
「骨は眠らない。眠らせない。都の下で、王が目を覚ます」

「王?」ナギとユイが同時に息を呑む。

骨の波が、牙のように持ち上がった。
戦いは、もう避けられない。

――つづく。

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