【小説】風葬の都に咲く花 外伝

小説

結び子リノと小さな願い袋

朝のアウステラは、風が低い声で話す。
屋根の骨の風見が、こつり、こつりと小さく鳴るころ、リノは広場の隅に座っていた。

膝の上には、布袋がひとつ。
手のひらほどの大きさで、口は青い糸で蝶結びにしてある。

「……できた」

リノは小さく息を吐いた。
これで三つ目だ。

この袋は、“願い袋”と呼ばれている。
中には何も入っていない。
それでも、夜になると、眠れない人の枕元にそっと置かれる。

「結び目が、ゆるいかな」

リノは袋を持ち上げ、光に透かす。
縫い目はない。
針も使っていない。
ただ、結んだだけだ。

「ううん。これでいい」

自分に言い聞かせるように頷いた、そのとき。

「……あの」

声がした。
顔を上げると、少年が立っている。
リノより少し背が高く、靴は土で汚れていた。

「それ、売ってるの?」

「売らないよ」
リノは首を振る。
「預かるだけ」

「預かる?」
少年は眉をひそめた。
「中、空っぽじゃん」

「うん。空っぽ」
リノは笑った。
「だから、いいの」

少年は納得していない顔だったが、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。

「……夜、眠れなくてさ」

リノは何も言わず、袋を一つ差し出した。
少年は驚いた。

「いいの?」
「うん。名前、書かなくていい」

「……なんで?」

リノは少し考えた。
そして、正直に答えた。

「名前を書くとね、重くなることがあるから」

少年は袋を受け取り、指で蝶結びを触った。
きつくもなく、ゆるくもない。

「これ、どうするの?」

「枕の横に置くだけ」
リノは言った。
「開けなくていい。ほどけても、結び直せる」

少年は小さく笑った。
「変なの」

「よく言われる」

少年は袋を握りしめ、走り去っていった。
その背中を見送りながら、リノは胸の奥が少しあたたかくなるのを感じた。

夜。

リノは自分の部屋で、灯りを落としていた。
窓の外では、風がやさしく吹いている。

――とん、とん。

扉が叩かれた。

開けると、さっきの少年が立っていた。
目は少し赤い。

「……眠れた?」
リノが聞くと、少年は頷いた。

「全部じゃないけど」
「でも、怖くなかった」

少年は袋を差し出す。
「これ、返す」

リノは首を振った。
「それ、君のだから」

「でも……空っぽだし」

「空っぽだから、君のなんだよ」

少年はしばらく考え、袋を胸に抱えた。
「……ありがとう」

「どういたしまして」

少年が去ったあと、リノは窓辺に座った。
昔、自分の口が縫われていた夜を思い出す。
声を出したら、また縫われる気がして、息をひそめていた夜。

今は違う。

リノは針を持っていない。
持っているのは、糸と、結び目だけだ。

「……縫わなくて、いいんだ」

小さく呟くと、風が答えるように吹いた。

翌朝、広場に行くと、ベンチの端に小さな袋が置いてあった。
蝶結びが、少し歪んでいる。

リノは笑って、結び直した。

願いは、ほどける。
でも、結び直せる。

それでいい。

風葬の都アウステラで、
今日も小さな願い袋が、空っぽのまま、誰かの夜を支えている。


(外伝・了)

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